つい先日の10月10日、滝道の途中にある瀧安寺さんで、「箕面富(みのおのとみ)」に参加してきました!
実はこの箕面富、約400年前の江戸時代に始まったとされる「日本の宝くじの起源」なんです。


まずは山門の手前で千円を納め、番号が書かれた「富札(とみふだ)」を選びます。ぼくは誕生日の3月8日にラッキーセブンを組み合わせて、387番にしました(我ながらなんと浅はかな!)。

記念に限定デザインのお守りもいただきました。かわいい!

山門をくぐると、ゆずること箕面市のゆるキャラ「滝の道ゆずる」君がお出迎え。カメラを向けると、なにやら謎の「舞」を見せてくれました。笑

さて、時刻は10時45分。本堂の前で「奉納民舞」が始まります。

11時ちょうど。境内に法螺貝の音が響きわたり、いよいよ住職たちが姿を現しました!

「富」と書かれた箱に、番号の書かれた木札が次々と入れられていきます。ちなみにこの富箱、なんと江戸時代から実際に使われ続けている“超”年代物なんですよ。

すべての木札が入ると、今度は錐(きり)で箱の中を勢いよく突いていきます。引き抜かれた木札の番号が、自分の手元の数字と同じなら見事当選。

住職が当選番号を一つひとつ読み上げていきます。ほとばしる緊張感……!
頼む……!当たってくれ……!!

しかし祈りは届かず、結果は残念ながらハズレでした。チーン。笑
ちなみに当選枠は一人だけではありません。今回用意されていた賞は以下のとおりです。
- 大福御守:3人
- 招福御札:10人
- 箕面富実行委員会賞:10人
- 箕面山弁財天賞:15人
いちばんの当たりは、お金……ではなく「大福御守」というお守り。そう、箕面富で当たるのは“福”なんです。でもむしろ、400年前から受け継がれてきた福だと思えば、お金よりよっぽどありがたい気もしませんか?

11時35分。富突きがすべて終わり、再び法螺貝の音とともに住職たちが退場していきます。
当たるかどうか!? というハラハラ感やエンタメ性がありつつも、箕面や瀧安寺の歴史の深さも肌で感じられる、とても楽しい行事でした!
特別拝観の「客殿」と「鳳凰閣」へ

記事はまだちょっと続きます。今回、箕面富に参加すると普段は非公開の「客殿」と「鳳凰閣」も見学できるということで、せっかくなので足を運んでみることに。

まずは手前にある客殿へ。建てられたのは西暦1699年(江戸期元禄12年)。実に300年以上も前の建物です。

ここは「唐人の間」といって、中国・唐王朝の風景が描かれたお部屋。楊貴妃がほのぼのと過ごす日常や、「瓢箪(ひょうたん)から駒」のことわざの語源になった珍しい場面などが描かれています。
このほかにも立派な絵がいくつもあったり、皇族だけが上がれる特別な部屋があったりと、見応えばつぐん。

さらに順路を進むと、さっきの箕面富でいちばんの当たりだった「大福御守」が展示されているではありませんか!
くじには外れましたが、まさかここで実物を拝めるなんて。ありがたや〜ありがたや〜。

窓から見下ろす景色もまた格別。瀧安寺さんのこの凛とした空気感、ほんと大好きです。箕面市民の誇りだ。
……と、客殿でゆっくりしていたら、隣の鳳凰閣を見学する時間がなくなってしまいました。笑
でも、11月にまた特別拝観があるみたいなので、そのときにリベンジしたいと思います!
箕面の富のマメ知識
最後に、箕面富のちょっとしたマメ知識を。
箕面富のにぎわいは、江戸時代に大流行した旅行ガイドブック『摂津名所図会』にも描かれています。

当選して授かるのは、当時も今も変わらず「お守り」。それなのに、この人だかりです。江戸時代の人たちも、「ゲン担ぎ」を大事にしていたんですね。
その後、箕面富を起源とする「富くじ」は各地へ広まり、やがてお金と結びついていきます。そのあまりの過熱ぶりを見かねた幕府は、元禄5年(1692年)についに禁止令を出しました。本家の箕面はずっとお守りのままなのに、です。笑
ちなみに「宝くじ発祥」というのも決して誇張ではありません。宝くじの公式サイトや総務省の資料にも、日本の富くじの起源として箕面山瀧安寺の名前がはっきりと載っているんですよ。
すごいぞ、瀧安寺! すごいぞ、我らが箕面!!
参考資料
- 日本の“くじ”は箕面山瀧安寺から(宝くじ公式サイト)
- 富くじの歴史(総務省)
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11:00 住職たちが登場、富突き開始
11:35 終了
※時間はあくまで筆者が見た回の目安です。当日の進行状況により前後します。